個別具体的なケースかもしれない。
病気と障害で長くなっているケースがある。
何十年もギャンブルと精神疾患で社会生活が送れなくなっていた。
今、佐賀でうまく順応している。今の環境が、今の関係機関や対応している支援者が頑張っているからこそその結果なんだと思っている。
母が面会に来た。
私にはもう後がない。自身が病気だし、病院に送ってくれる人が欲しい。寂しいから話し相手が欲しい。
と、母が言った。
東京での生活は刺激が強すぎるから〇〇には難しい。
○○のことを考えていない。母親自身のことしか考えていない発言だ。僕としては断じて許可することはできない。
それはギャンブラー本人の意思ではなく、家族の意向だからだ。あなたがいなくなった後の〇〇の人生を考えているのか。
と、僕はいった。
今回はギャンブラー本人も心を入れ替えたと言っている。それを信じたい。
と、母はいった。
いい加減にしてほしい。
適当にギャンブラーの生活をコントロールして、いうことを聞かなくなったら3ヶ月入院させる。それを何度か繰り返し、罰的な対応でいうことを聞かせようとする。それが難しかったら近くで一人暮らしをさせて生活保護を受けさせる。その間調子のいい時は自身の話し相手になってもらったり、車で送り迎えをさせる。
ってことは数年前にやったじゃないか。
〇〇はあなたのアクセサリーではない。
と、僕は言った。
言葉を尽くして説明したが理解してもらえない。
〇〇は母親の”経験”のために実験台にさせられる。施設にいる間の失敗はやり直しがしやすいからだ。
いいか、人生の大先輩かもしれないけどはっきり言わせてもらう。
誰も得しない。
そんな暇があったら、自己満足のために”残す”資産をどうにか処分した方がいい。
そんな暇があったら、家族会に参加した方がいい。
僕はギャンブラー本人のことを考えるだけで精一杯だ。
