COBYPLAN

ブログ

毎月一言くらい

2026/07/09

ブログを始めてから、1ヶ月に一回くらいは更新しようと心に決めて、しかし実際は怠けたり、珍しく忙しかったりとなかなかうまくいかない。

なんとか辻褄を合わせるために、月を跨いでも当月のものとして更新はしているものの、実は今日9月9日。

 

2ヶ月前は何があったかなぁってカレンダーを見てるけど全ての記憶がどれも浅くて言葉通り記録として残したタイトルくらいしか思い出せない。それくらい1日1日が瞬く間に過ぎ去っているのだと実感している。

 

ところで7月は鳥取に行った。

数年前に施設を退所した彼と再会するために。

今回は警察に留置されていて、突然の再会に本人は明るく元気な対応だった。自分の知らないところで人生が大きく変わる状況を不安に思うどころか、これしかなかったと全てを受け入れているようだった。

 

大事なものをなんとか引き留めようと鳥取に戻った彼が、再発して全てを失ってしまった。病気を出さない限りそのエネルギーは生まれなかっただろうと僕は想像してしまうけど、どうだろう、人によってはギャンブルをするための口実と片付けるかもしれない。

まあそんなことどうだっていいのだけど、僕はそんな彼と話がしたくて会いに行った。

 

ややこしい話はしないで、生きる意味なんて僕にはない。生かされてるし、与えられたものをこなしているだけなんだ。それが本当かよくわからないから一緒に答え合わせをしてみようぜみたいな話をしとような気がする。

 

ただ、2ヶ月前の話だから、それが本当なのか自信はない笑

その時の写真でも添付しようと思ったけどそれさえも残ってなかった。現実なんだろうか。

 

ピースのチャレンジ

2026/06/26

カフェで働き始めたピース。

もともと、サービス精神旺盛の人なので合うかもなぁと思っていたけど、

想像以上の活躍ぶり。

 

扱われている豆の種類と特徴は数日後には覚えていた。

一見さんの外国の方が来られた時には、海外留学の経験を活かし英語で接客。

前に覚えた豆の知識でコーヒー豆の販売までもこぎつけたと聞いている。

写真写りのポーズは変わらないけど、服装も清潔感に溢れ、別人のようだ。

 

ステレオタイプの独り立ち、

ではなく、

自分の居場所を見つけることが僕らの探しているものなのかもしれない。

 

COBYPLAN唐津

2026/06/10

社会復帰を再定義する。

と思い立ち、ちょっとしたノリのようなもので実験を始める。

COBYPLAN唐津の活動がまさにそうだ。ここは入所初期のデトックスの役割を担ってくれないかなと思っている。人里離れたこの場所は、その昔、郵便局だった場所なので人とお金の集まるいいところだよと隣人からは言われている。

 

この場所に、いやこの活動に課したものは、

地域の一員になる。

衣食住の自立。

大きくはこの2点だ。

これは菌ちゃん農法と呼ばれる無農薬無化学肥料の農法。

農薬ではなく、菌の力を借りて強い植物を育てる。

 

大事な土づくり。

 

ギャンブル依存症のリハビリ施設であることを忘れる。

本来、生き方を変えていく場所なのでギャンブルをするかしないかということにこだわりすぎるのも本来違うのかもしれない。

そしてこの場所にやってきた名古屋コーチンの有精卵。本当にかえるのかよと思ったが8割くらいは孵った。

みんな採卵したいのでメスであることを願って女の子らしい名前をつけていた。僕の子はピヨ美。

 

ここでは晒さないけど、

依存症のどうしようもない?漢たちが親の顔になる。

生き物との関わりを通して何か感じることがあるだろうか。

何年前だったか、ブタがいた教室という映画があったがCOBYPLANの仲間たちは食べるために、自ら生き物の命を取ることが出来るのだろうか。

僕は猟師なので、畑の芋を掘り返した猪を捉えるべく賢い彼らとの知恵比べが始まった。

入院の意味を施設側から考える

2026/05/06

ポポと会ったのはつい先日。都内の病院からの受け入れだった。

お迎えの方法を職員に伝えるべく僕は同伴していたのだが、見事にポポは佐賀への道中見本のような脱走を試みてくれた。

 

職員から連絡が入る。

〇〇の駅で見当たらない。切符を買うときまではいたがそこで目を離した。この駅は混雑が激しいので、もしかすると自分を見失って空港まで先に行ったかもしれない、なんていうのだ。とほほの出来事だったが職員と一緒に、依存症の「否認」について再考したのは佐賀に戻ってからにした。 

 

結局、職員は先に帰し、延泊した僕は見込み通り翌日警察署に呼ばれて1日遅れの迎え入れをした。

 

さて、そんなポポが施設へ入所してすぐに何かを受け入れるはずもない。

 

今度は自転車でお出かけした。

不眠不休で自転車を漕ぐ。彼はその昔、マラソンにハマって多くのランナーが憧れる3時間ぎりをした漢だ。僕らが探せるわけがない。他県の警察署から連絡が入り自転車ごとお迎えにあがったのはさらに二日後であった。

帰ってきたポポは身体的にも精神的にもクタクタで入院をしたいと懇願した。

 

僕たちは、(治療を始めるまでの)病気の「受容」に寄り添うことも役割の一つと考えている。だからこそ、バタバタと落ち着かないなぁと思いながらもそれに付き合い、彼らの今と僕らが行なっていることの現在地を突合させる。

そしてこれでよしとなるわけなのだが、僕らの思いだけではこの突合が成立しない時がある。それこそが今日の挑戦的なタイトルなんだ。

できればこの過程に伴走して欲しいと思っているのでそれは伝えるようにしているが、お世話になる病院にこの役割を一緒に担ってもらえないときがある。それは当然と言えば当然。病院にも経済原則があるし、病気の受容は病院で治療することではないとも考えられるからだ。

他者を変えることはできないということを、僕らはプログラムを通じて学ぶ。そして人生のいろんなところでそれを応用させる。とはいえ、意思表示しないことと相手の意思変容は別の話である。意思は伝えるがゆえに軋轢が生じることもあるが、変えられないものは受け入れるだけのことだ。

 

さて、そんなポポとの面会。

改めて彼の強みを共有し、外出泊を繰り返した上でいよいよ退院の日が近づいている。

もう一度一緒に頑張ってみよう。いや何度でも一緒にやってみよう。

今回の入院はどうだっかな。

旧友と

2026/04/15

僕にも大事な仲間というのがいて、

その名も上杉さんという。

年は僕の二つ上で、20代の頃に職業選択の修正を試みた仲だ。彼は警察官で、僕はNS、お互いに目指したものは医学部だった。結局僕は一年半後に他に大事なものができて挫折?をするのだけど、彼は3年で結果を出すと言って、本当に3年目に合格した。お互いに妻子がいる中で、学び直しをした時間を昨日のことのように覚えている。

 

そんな彼が、福岡で学会があるからもし時間が合えば会おうと連絡をくれた。

結局二日間過ごすことになるのだけど、彼は東京から自転車で来ていたので初日は一緒に佐賀の町をサイクリングした。

金立公園に行き、美味しいコーヒーを淹れて飲み、夕方から近所の立ち飲み屋に行く。

眼科医の彼に、

ぶっちゃけコンタクトに疲れてきて、裸眼にしたい。何がおすすめかを聞いてみたら、俺なら間違いなくメガネにする。やるなら白内障の手術かな。

という話を聞き、長年悩んできた脱コンタクトレンズの話に終止符を打つことになる。

 

それにしても、僕の心の底からの笑顔を見てほしい。

自分で言うのもなんだが、いい顔してる。仲間というのは誰にとっても大事なんだろう。

あの時も、そして今回も大事な時間をありがとう。

 

 

上杉さん、また会おう。

 

※東京から佐賀まで自転車でくる○チガイぶりにはあえてツッコミを入れません。

勝手じゃない桜マラソン

2026/03/22

恒例になりつつあった勝手に桜マラソンコビー杯。

コロナが明けて開催が見送られることもなくなり、勝手が必要なくなりました。

今年はCOBYPLANから3名がエントリー。

うち2名が代走。

autumnは練習してきたのに暖かくなるタイミングで体ではなく頭が温まってしまい足を使わず、馬に乗ってどこかへ走って行ってしまった。

変わりはこーすけ。

1ヶ月にも満たない練習期間で完走するんだから大したもんだ。

そこへ来て、水木は半年間練習してきて自分のことをランナーと言う(一説によると4時間を切れないのはランナーとは呼ばない)くせに、サブ4ならず。

サブ4どうした?そこのところどうなの?と男同士のわかりやすいパワーゲームをする。一応僕は初レース3時間58分の記録を持っているので、ふんと蹴散らしてやった。

本人は相当悔しかったようで、来年の作戦をすでに考えているようだった。とはいえ4時間28分と言うのは初レースにしては大したもので讃えるべきだ。(とやはりここでも少し高いところから話をさせてもらおうw)

そこへきて豐もまたすごい。

応援に駆けつけた多くの仲間たちが感動をしたと聞く。15キロ地点だったか足が壊れてしまった豐はその後も諦めず最後まで走り抜く。足切り(ここからあとはリタイア)のペースメーカーさんに抜かれないように走っては歩き、止まってマッサージしては再び走り始めると言うことを繰り返していたようだ。ゴールはペースメーカーさんの前でゴール。

なかなかできることではない。普段、自分の特性に傷ついてしまったりなんだかうまくいかなくて殻にこもってしまう豊も人を感動させられることを僕は知っている。今回は代走ありがとう。任せてよかった。

 

今年のCOBYPLANの選手たちは全員完走。

職員が鼓舞され来年の大会にはエントリーすると言っている。頑張って!僕の今年の目標は筋トレと英会話なのでみんなに任す。

五島に帰りました

2026/02/13

祖母と父と会った。

二人とも元気そうだった。

後何回会えるだろうか。

 

写真は僕の大事な家族。祖母、母、妻、娘。

父はここにはいない。男同士ってそんなもんだと言い聞かせる。

マイペース

2026/01/03

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

私どもとは、よろしくしない方がいいですが…。と、ここまでが新年ご挨拶の枕詞となりつつあります。

 

年始は元旦にみんなで集まりました。

山田は自分で釣った魚で皆んなにおもてなししようと思い、12月28日に大荒れの海へどんぶらこしておりました。釣果が悪く、鮮魚店で立派な刺し盛りを購入することになったのは言うまでもありません。

 

さて、新年から何が楽しいのか嬉しいのか水業にいく仲間たち。写真が送られてきてもどうしたらいいのかわかりません。

 

彼らには時期が来たので12ステッププログラムを提案した。

数日後、宅建や大学で習得した専門分野の資格取得の学習を始めた。

それもまた、よし。

 

人生は有限だ。

いつ誰と出会うか、そして何を選ぶか。

クリスマス会

2025/12/07

さがセレニティクリニックのクリスマス会に今年も参加した。

みんなが作り上げていくものなので、あまり口出ししたくないと思いながらも、僕が大事にしていることを我慢することもないと思ってそれだけは修正させてもらった。

COBYPLANではクリスマス会の余興に寸劇を行うのが慣習となっている。

ギャンブラー誰かのリアルな物語を台本起こしてみんなで再現すると言うものだ。当然面白いところとや泣けるところ、ここがターニングポイントとか、依存症ならではの妙に頷けるところが盛りだくさんの仕上がりとなる。

ただ彼らはやはり依存症からの回復途中で、目的が行動に置換する。快楽の目的のために行なっていたギャンブルなのに、ギャンブルすることが目的に変わってしまうというアレと同じだ。これがエスカレートすると、ギャンブルする前の金策や、反社会的行動が快楽となる。別の言い方をすると順序が変わると言うやつだ。回復途上の生き方の中では同じ現象がしばしば起こる。

話を戻そう。

寸劇で役に成り切ろうとする。思いつきで入れたアドリブで仲間の反応が良かった。役の中のアドリブではなく、アドリブの出来栄えを披露するムーブにみんなが変わっていく。元々あったストーリーの大事なリアル(要素)が全く見えなくなり、元のストーリーを知っている演者だけが意味のわかる仕上がりとなる。

と言う現象が起こったのだ。

僕はこれに対して、自分の体験を切り売りした仲間に対して失礼だと思う。大袈裟かもしれないけど、おふざけがいじめに変わる瞬間が見えるようだった。というか正直それのどこが面白いの?と冷ややかな見方をする僕もいるわけで、必死で取り組んでいるみんなにそんな強い言葉をぶつけることはしないが、修正はさせてもらった。

本番全員が何かの役をやり、成し遂げた。

お疲れ様。

僕も下手だけど、一曲だけサックスを披露した。

おっと!

記録に残せていないけど、今回もみんなが作った料理美味しかった。

ありがとう!

山梨時々東京

2025/11/23

山梨県にあるギャンブル依存症リハビリ施設グレイスロードが10周年フォーラムを開くと言うことで、メンバー間のフェローシップが叶うといいなと思いみんなで参加した。

当然マイクロバスでの移動。ただし今回は海路もあり体的には楽だったのではないかと思う。

流石にみんな小旅行で楽しんでいたようだ。

その理由も記録からわかる。

山梨での記録がないのだ。

帰りに大阪での空き時間、みんなでユニバに行った。

前日は名古屋の街中に一泊。そこには泊まるとまずい人たちもいるのだが、

仲間と一緒なら大丈夫だったようだ。

僕は翌日東京で私用があり別行動に。

飛行機で帰った。

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