COBYPLAN

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勝手じゃない桜マラソン

2026/03/22

恒例になりつつあった勝手に桜マラソンコビー杯。

コロナが明けて開催が見送られることもなくなり、勝手が必要なくなりました。

今年はCOBYPLANから3名がエントリー。

うち2名が代走。

autumnは練習してきたのに暖かくなるタイミングで体ではなく頭が温まってしまい足を使わず、馬に乗ってどこかへ走って行ってしまった。

変わりはこーすけ。

1ヶ月にも満たない練習期間で完走するんだから大したもんだ。

そこへ来て、水木は半年間練習してきて自分のことをランナーと言う(一説によると4時間を切れないのはランナーとは呼ばない)くせに、サブ4ならず。

サブ4どうした?そこのところどうなの?と男同士のわかりやすいパワーゲームをする。一応僕は初レース3時間58分の記録を持っているので、ふんと蹴散らしてやった。

本人は相当悔しかったようで、来年の作戦をすでに考えているようだった。とはいえ4時間28分と言うのは初レースにしては大したもので讃えるべきだ。(とやはりここでも少し高いところから話をさせてもらおうw)

そこへきて豐もまたすごい。

応援に駆けつけた多くの仲間たちが感動をしたと聞く。15キロ地点だったか足が壊れてしまった豐はその後も諦めず最後まで走り抜く。足切り(ここからあとはリタイア)のペースメーカーさんに抜かれないように走っては歩き、止まってマッサージしては再び走り始めると言うことを繰り返していたようだ。ゴールはペースメーカーさんの前でゴール。

なかなかできることではない。普段、自分の特性に傷ついてしまったりなんだかうまくいかなくて殻にこもってしまう豊も人を感動させられることを僕は知っている。今回は代走ありがとう。任せてよかった。

 

今年のCOBYPLANの選手たちは全員完走。

職員が鼓舞され来年の大会にはエントリーすると言っている。頑張って!僕の今年の目標は筋トレと英会話なのでみんなに任す。

五島に帰りました

2026/02/13

祖母と父と会った。

二人とも元気そうだった。

後何回会えるだろうか。

 

写真は僕の大事な家族。祖母、母、妻、娘。

父はここにはいない。男同士ってそんなもんだと言い聞かせる。

マイペース

2026/01/03

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

私どもとは、よろしくしない方がいいですが…。と、ここまでが新年ご挨拶の枕詞となりつつあります。

 

年始は元旦にみんなで集まりました。

山田は自分で釣った魚で皆んなにおもてなししようと思い、12月28日に大荒れの海へどんぶらこしておりました。釣果が悪く、鮮魚店で立派な刺し盛りを購入することになったのは言うまでもありません。

 

さて、新年から何が楽しいのか嬉しいのか水業にいく仲間たち。写真が送られてきてもどうしたらいいのかわかりません。

 

彼らには時期が来たので12ステッププログラムを提案した。

数日後、宅建や大学で習得した専門分野の資格取得の学習を始めた。

それもまた、よし。

 

人生は有限だ。

いつ誰と出会うか、そして何を選ぶか。

クリスマス会

2025/12/07

さがセレニティクリニックのクリスマス会に今年も参加した。

みんなが作り上げていくものなので、あまり口出ししたくないと思いながらも、僕が大事にしていることを我慢することもないと思ってそれだけは修正させてもらった。

COBYPLANではクリスマス会の余興に寸劇を行うのが慣習となっている。

ギャンブラー誰かのリアルな物語を台本起こしてみんなで再現すると言うものだ。当然面白いところとや泣けるところ、ここがターニングポイントとか、依存症ならではの妙に頷けるところが盛りだくさんの仕上がりとなる。

ただ彼らはやはり依存症からの回復途中で、目的が行動に置換する。快楽の目的のために行なっていたギャンブルなのに、ギャンブルすることが目的に変わってしまうというアレと同じだ。これがエスカレートすると、ギャンブルする前の金策や、反社会的行動が快楽となる。別の言い方をすると順序が変わると言うやつだ。回復途上の生き方の中では同じ現象がしばしば起こる。

話を戻そう。

寸劇で役に成り切ろうとする。思いつきで入れたアドリブで仲間の反応が良かった。役の中のアドリブではなく、アドリブの出来栄えを披露するムーブにみんなが変わっていく。元々あったストーリーの大事なリアル(要素)が全く見えなくなり、元のストーリーを知っている演者だけが意味のわかる仕上がりとなる。

と言う現象が起こったのだ。

僕はこれに対して、自分の体験を切り売りした仲間に対して失礼だと思う。大袈裟かもしれないけど、おふざけがいじめに変わる瞬間が見えるようだった。というか正直それのどこが面白いの?と冷ややかな見方をする僕もいるわけで、必死で取り組んでいるみんなにそんな強い言葉をぶつけることはしないが、修正はさせてもらった。

本番全員が何かの役をやり、成し遂げた。

お疲れ様。

僕も下手だけど、一曲だけサックスを披露した。

おっと!

記録に残せていないけど、今回もみんなが作った料理美味しかった。

ありがとう!

山梨時々東京

2025/11/23

山梨県にあるギャンブル依存症リハビリ施設グレイスロードが10周年フォーラムを開くと言うことで、メンバー間のフェローシップが叶うといいなと思いみんなで参加した。

当然マイクロバスでの移動。ただし今回は海路もあり体的には楽だったのではないかと思う。

流石にみんな小旅行で楽しんでいたようだ。

その理由も記録からわかる。

山梨での記録がないのだ。

帰りに大阪での空き時間、みんなでユニバに行った。

前日は名古屋の街中に一泊。そこには泊まるとまずい人たちもいるのだが、

仲間と一緒なら大丈夫だったようだ。

僕は翌日東京で私用があり別行動に。

飛行機で帰った。

父の選択

2025/10/23

抗がん剤治療を続けていた父が、副作用の辛さに耐えられず治療をやめる選択をしてから5ヶ月がたった。体は元気で、調子も良い。

 

しかし癌はどんどん広がり大きくなる。

発見された時にはすでに大腸から肺、肝臓と転移のある状態だったので手術の適応ではなかった。

体の調子はいいのに、最近咳が止まらないことや、なんともいえない体の痛みが時々あるとの事だ。

 

一年半前に父は、何を思ったのか病気の告知は僕から聞きたいとの事だった。悪いものであることは悟っていたのだろう。僕が子供の頃、父に頼ることは許されなかったので、立場が逆転した今ついつい頼るんじゃないよ、甘えるなという気持ちが瞬間的に生まれる。もちろん我に帰り、彼の望み通り医者から聞いた事をできる限り丁寧な言葉で伝えた。

 

あの時僕は、そう、言葉を選ばずに言えば父に死の宣告をしたのだ。

 

さて今回、家族会議が行われた。

その内容は一時中断している抗がん剤の再開を勧める医者に。NOを伝えるためのものだった。伝えた後、主治医はそれを受け入れこれからの父の体の見立てを話してくれた。

 

僕は今くらい元気な体でどれくらい生活できそうなのか聞いてみた。

 

主治医は1年と教えてくれた。

 

診察室を後にして父と母は僕にありがとうと言っていたが、死神役の僕に何の感謝を伝えていたのかいまだにわからない。

 

 

 

あれから何週間かたつ。

紹介したがん患者の会は、行かないことを父は選択した。実は少し腹が立った。おそらく僕は当事者の会に繋いで自分のやるべきことは全てやったと納得したいんだろう。そう言う形で死にいく父を受け入れたいのかもしれない。

そんな父の体は今のところ問題なく、一方変化も見られる。

新しい夫婦の関係を築いているようだ。

「隣に来て座っとけ」と母に言い、いっときも離れない。

 

 

僕は無力を確認する。あの時も、今でも。

山○よしのり

2025/09/26

佐賀県知事は山口祥義(やまぐちよしのり)。

COBYPLANは山田義則(やまだよしのり)。

 

友人には一文字違うだけ、と言ってきましたが実はそうではなかった。

かなにしても、漢字にしても中身にしても似て非なる。

ギャンブル問題に関わる知事の視座は専門家ではないのに驚くものであった。物事を常に別方向からも考えようとする姿勢とか奥も身につけたいと思った。そしてこれからは一文字違いなんて見栄を張るのはやめようと思った。

 

そう、プレスリリースされておりましたが山口知事がCOBYPLANの視察に来てくれた。

ギャンブル依存症について思うところを共有させていただいた。

 

 

にしても、知事が動くとなるとこんなにも多くの大人が動くことに驚いた。

写真は、さが3150(佐賀最高)ポーズ。コツは拳を突き上げるではなく引くらしい。。。

 

母の選択

2025/08/23

そんなに親にコントロールされていると思うのなら、

生活保護を受けよう。

仕事をしていい。

お金が貯まれば施設をでて一人で生活していい。

 

僕が貝に言った言葉だ。

 

生活保護の件は、お母さんに何度か提案したことだったが何となく断られた。母と話をする中で、母から貝への埋め合わせの意味であったことを聞く。親には親の気持ちがある。ただ今回は、僕の方から母にお願いをした。貝にとって入所費用の家族負担は、家族からのコントロール以外の何者でもないと感じている。

母はスポンサーさんと話をして、やめる選択をしてくれた。

 

そして母は今月、自身の埋め合わせのために来佐してくれた。

その姿を見て、母の期待に応えたくなるのは僕も家族だからだと思う。

その思いをグッと堪えて、ありのまま面会してもらった。中学生男子と母親に見えたからこそ、母から子への謝罪の意味と母の思いを想像する。

 

 

貝は何を思ったか、知らない。

ただ今でも繰り返し言う。

仕事をして、自立していい。

 

貝は文句を言いながら今日も施設でプログラムを受けている。

任意にします

2025/07/01

施設の役割の一つとして、自助グループ参加を習慣づける。

というものがある。

 

これは、施設を退所して社会復帰した後も通い続けるということが依存症からの回復に必要なものであると信じているからこそ施設の目的一丁目一番地となっている。

 

COBYPLANができて、良くも悪くも自助グループへの影響が出ているというのが外野から見てきた僕の感想。

最近は特に、その悪い影響が目につくようになった。

 

確かに、佐賀県内の自助グループの数が増えた。施設の利用者は、毎日自助グループに参加することをいわばプログラムとして義務付けていたので当然毎日参加する。施設の利用者が増えていくのと同時に、会場の数は自然と増えていった。これは喜ばしいことだ。地域で生活している方のギャンブルの危機に行く場所が増えたのだから。本当に困った人が、困った時に行ける場所があることは大事なことだ。今日は何曜日だから空いている会場がない。そんなの地獄絵図でしかない。現在佐賀では、毎日どこかのミーティング場が空いている。

 

しかし、これはいいことばかりではない。

自助グループ自体が、施設の延長になるという問題が起こり始めた。地域の人たちが集まる自助グループが、施設のカラーが強すぎて安心できない環境になっていた。言葉を選ばずに言おう。施設の人にとっては毎日行っているミーティングであっても、地域から来た人にとってミーティングはもっと命懸けなんだ。施設入所者から時々出てくる言葉。自助グループは行きたくない。ミーティングはもうお腹いっぱい。

 

 

これは施設を運営する立場からすると非常に大きな問題だ。

いずれ巣立つ施設のギャンブル依存症者の安心できる場所がなくなるということでもあるからだ。

 

地域でなんとか立て直そうと頑張っているギャンブル依存症の方、自助グループの雰囲気を壊してしまって申し訳ない。

施設で強制的に行かされていると感じていたギャンブル依存症の方、自助グループの大切さとその意義について説明が足りなかったこと、申し訳ない。

 

 

職員間で協議し、自助グループへの参加を任意とした。

各々が自分ごととして考えてもらうことにした。

 

 

惹きつける魅力のある自助グループを探してほしい。

もし、自助グループのメンバーになるのであれば、新しい仲間たちがどうしたら繋がってくるのか、またその仲間をどうしたら助けられるのかぜひ考えられるようになってほしい。

命懸けのドライブ

2025/06/28

4月から職員になった土。

数年前に関西から来た彼は、その日の夜の自助グループで大雨の中僕を呼び出し、

「仕事頑張るから大丈夫です。施設でますね。」「そっか、頑張れ。」みたいなやりとりをしたことを覚えている。

結局1〜2週間頑張ってみたが、結局は退所した。

北九州あたりの警察で保護され、度々呼び出される電話のせいでギャンブル依存症問題を考える会の田中紀子氏のシンポジウムを何度も出たり入ったりしたんじゃなかったかな。

なんの因果か、土は田中氏からご紹介いただいたケースだった。

 

次に彼と会うのは数日後で海外用のどでかいキャリーケースを両手で持って現れた。「そのケースはコロコロタイヤを転がしながら荷物を運ぶことができるんだよ。」と冗談を言ってみたが、そのコロコロが長時間の運行により粉砕していることはすぐにわかっていた。

そんな大きな荷物を運んでいる姿を見た農家のおじさんが土に駅まで送ろうかと声をかけてくれたようだ。軽トラで通り過ぎた後に、わざわざUターンして戻り声をかけ、数百円渡す気持ちが良くわかる。

 

彼のパッションは、人を動かす。

当時はギャンブルをするために、

そして今はギャンブルがやめられない仲間のために。

 

彼は4月から職員になった。

しかし大きな問題があった。佐賀は車が必要だ。

車の免許を昔持っていたようだが、今はなかった。

土の尊厳のため、理由は聞かないことにしたがおそらく彼のパッションのせいで免許証が焼けこげてしまったのだろう。

 

彼の努力もあって免許証が戻ってきた。Y川区の保護課のご担当者には本当に感謝の気持ちしかない。会社で負担しようと思っていた自動車学校の費用を保護課が見てくれたのだ。

 

だからこそ、もっと謙虚に。

初心者だからではなく、ハンドルは両手で持て。

自分の車は誰かに預けて免許取り立ての土に、意味もなく家まで送ってもらう。

 

命懸けだが、嬉しかった。

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