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定期健診

2018/12/28

先日、数年ぶりに定期健診に行ってきた。

人の体にまつわることは、少し品のない話になる可能性があるので興味のない方はここまでで。

 

大抵の人は「検便」を経験したことがあると思う。

今日の話は検便とテクノロジーがテーマなのだが、検便キットには流せる紙が付いているのは周知のこと。

それを便器の中に敷き、その上に用を足した後、採取専用の爪楊枝みたいなものでこすって採取する。

僕が夜中に叫んでしまうような恐ろしい出来事はこの時起こったのだ。

 

まず、久しぶりの健診で彼(ウ○チ)も気合が入っていたのだろう。

彼は紙を貫通したのだ。

これはまずいと思った僕は急いで立ち上がり、その反動を使って180度回転する。

そして、左手に持っていた爪楊枝みたいなアレを右手で回し開け、すぐさま氷山の一角といった具合に水面に浮いている彼の一部に向かった。

その時だった!

 

「ジュワワワー。」(自動水栓)

 

「わー!!!」

そう。彼は逝ってしまったのだ。

最近のトイレはお尻をあげると自動で流れるものが多い。

もしかすると同じ経験をされた方もいるかもしれないが、ついに僕もこの犠牲者になってしまったのだ。

 

翌日新しく生まれた彼を見つけることができたので、健診はことなきを得たのだが、

皆様におかれましても彼を見失わないようお気をつけいただきたい。

 

しっかりとウン(運)のつく話で年を迎えることができお後がよろしいかと。

 

この運については、ギャンブルとの関連で話したいことも多々あるのだが、

今日はこの辺で。

 

借金とギャンブル依存症

2018/11/24

もちろん借金をすることは、ギャンブル依存症の人が持っている症状というか特性の一部なのだけど、借金が問題の全てではないことは自明。

 

 

原因⇨ギャンブルの問題⇨借金問題⇨施設生活。

施設で取り組んでいることは、借金問題の解決ではありません。

そこだけを解決することは、借金をできる状態になっただけです。

施設に一生いるのであればそれでもいいかもしれませんが、施設はずっといる場所ではありません。

近い将来、社会に戻ります。

なので、ここで取り組むべきは原因を探って解決を図ることです。

 

もう一度言いますが、借金は結果で、ギャンブル依存症の症状だと思っています。

相談支援従事者研修とヨガ⁇

2018/09/05

合計5日間の研修。

今日は4日目。

 

同業者で同じ分野の人たち、

同業者で違う分野の人たち、

異業種の人たち、

いろんな人たちとかかわっていく必要性がある。

 

風通しが悪いと、支援が偏る。

偏りは選択肢が少ないことを意味する。

そしてこれは、支援を行う上で致命的なこと。

 

偏らない。

最近かみさんと一緒にはまっているヨガでは、このことを傍観という言葉で説明される。

僕たちが生きている世界は、あらゆるものが二つの相対する性質を持って成立している。

天と地、昼と夜、男と女、プラスとマイナス、右と左、緊張と弛緩、苦と楽・・・・。

どうやらヨガとは陰陽のバランスをとることらしい。(他サイトより引用)

そのために、ヨガでは否定も肯定もせずに傍観するという作業を行う。

できるとかできないとか、痛いとか痛くないとかではなく傍観しそのまま受け入れる。

 

 

 

最後にいつかはできるようになりたい「羽を広げた孔雀のポーズ」を。

 

できるようになるのか…。

疲れた、今日はゲームやらずに寝よう。

小泉純一郎

2018/08/27

小泉さんの佐賀での講演会に行って来た。

 

 

だから何なのか。。。

 

 

 

小泉さんは分かりやすいので好きだった。

 

分かりやすさは今も健在だった。

ちなみに僕は原発反対派です。(電力会社で働いている方、ごめんなさい)

彼と僕のチャレンジ

2018/08/18

1日分の金銭を自己管理できるようになって、彼は大喜びだった。

みんながお休みの中、初めて補講し、さあいよいよ電車に乗ってGAに初参加。

意気揚々と1日分の生活費2000円と交通費500円を持って出かけて行った。

 

 

 

翌朝僕はいつも通り職場でのルーティンワークである歯磨きをしていたところ、

ペッパー君のような彼を見つけたのだ。

 

すぐに駆け寄ってきて、スリップしてしまいましたと。

歯磨きが終わり、おかえりと伝えたところ、ほかの仲間が近づいてきて今日から買い物は一緒に僕が行くよと声をかけてくれていた。

いいなぁ、こんな仲間が僕にも欲しいと素直に思えた。

 

結局、彼と僕のチャレンジは「電車で1時間弱のT町は思った以上に遠かったな!」と冗談を言ってみんなで大笑いし終了した。

自己決定と責任

2018/08/18

概ね1年をプログラム終了までの期間と考えていて、その後就労を視野に入れた社会復帰をcobyplanでは推奨している。

この期間に関しては、時にはしっかり、時にはのんびりとバランスよくできる期間かなと。ただこれは今の段階では経験に基づく勘でしかなく、これから色んな力を持った人が訪れるはずなので、もしかすると変わっていくものなのかもしれない。

さて、ここから先が本題。

入所して2ヶ月の彼が僕にMAXBETしてきたのだ。この2ヶ月間に2度パチンコ屋に行き、手持ちの数百円をすっからかんにして帰るという極一般的なギャンブラーなのだが、クリーン1ヶ月を目前に仕事をしたいと懇願してきたのだ。

そう。懇願する相手が違うというのが正直なところであり、残念なところでもある。これではまるで僕が彼を拘束しているみたいではないか。その辺りから話をして、彼の本題の仕事復帰の話へ。

彼が僕を説得するために持ってきた論理はこうだ。

いつどのタイミングであっても、100パーセント再発しないで社会復帰出来ることはない。なのであれば、早く仕事をしたい。

僕の話はこうだ。

主治医にはなんと言われている?(脳が回復するまでには1年はかかると言われている)

ここには何をしにきたのか?

するとここにきた理由を言語化することは難しい。いい機会だと思い再度説明する。

犯罪を犯して罪滅ぼしのためにきたのではない。

借金を整理するためにきたのでもない。

ならばあなたに関わっている人たちに、社会復帰できそうですって後押しするための材料を考えよう。何かある?

……

それは見つからないらしく、結局懇願されるという構造になってしまう。仕方なく、1年の半分6ヶ月くらいを目安に仕事復帰をやろう。期間が半分になるからやることは倍になるって事だけどって話したら、それでも長いと。

ここまでくると、これは理屈ではない。

 

なーんだ。相談にきた訳ではなく、報告にきたのかと残念な気持ちに。

それならそう言ってくればいいのに。

で、どうしたか。

ドラゴンボール的に言うと精神と時の部屋に入ってもらう事にした。COBYPLANの日中活動は週に5日なんだけど、土曜日に補講を行う事にした。夜のGAには週に4日遠くても参加する事にした。金銭管理や服薬管理はプランを変更し自己管理にした。

ま、優先順位が変わってしまうことが依存症の問題であると思うのだけど、ここは一緒にやってみないと僕も含めて分からないだろう。過酷だけど頑張ってみよう。

チャレンジすることも、失敗することも本人の権利なのだから。

TOJISHAKENKYU

2018/07/30

TOJISHAKENKYU。

当事者研究。

の研究に今東京に向かってます。

 

 

もちろん新幹線で、笑。

普通、佐賀ー東京の移動は空路を使うことが多いはずなんだけど、僕の場合はそうはいかない。飛行機が怖いんだもの。告知なく揺れるところとか、何かあった時に逃げ道がないところとか、高いところとか、事故があったときの致死率とか挙げればきりがない。

そんな話をできる様になってからは、飛行機安全論者からの幾度とない安全理論を聞かされるのだけれども、全く耳には入ってこない。安全であることは、これまで数百回のフライトを経験しているにも関わらず実際に僕が今生きていることからも証明されている。結局のところ人間の感情っていうのは理屈じゃないところがあるのかもしれない。

 

 

「怖い」つながりで、ある時僕は自分の怖いについて調べてみたことがある。

僕の怖いものは、船、飛行機、地震、原子力発電所、戦争、不仲、病気、窒息…。とか。そしてこれらには共通するものがあって、自分で予測して対応できないというというところにたどり着く。例えば飛行機や船のちょっとした揺れについて、僕は激しく動揺するのだけど、この揺れという現象は車でも起こる。にもかかわらず、車の場合は与えられる情報が多い分、予測がつき対処が取れるので(厳密には対処が取れるのではなく、取れると思っている)怖いと感じることはない。

 

しばらくの間、僕のこの感覚は生きてきた環境に起因するものだろうと信じていた。つまりこういうことだ。依存症の人がいる家庭で育ってきた。機能不全の家族の中で子供の僕は、両親の抱えている問題以外の問題は彼らに察知される前に解決しておかなければならないと思っていた。だからいつも詳細な情報収集をして対処していた。ゆえに予測しない現象に対しては過度に怖いと感じてしまう様になってしまった。

しかし、この論理は確かにそうなのかもしれないけど、それだけでもない。生まれつきの特性がある。それが最近の僕の見聞だ。

これはなぜかって、次女の感性が全く僕そのものだから。

(もし、我が家があのときと同じ状況にあるとしたらトンデモ発言になってしまう…。その時はごめんよ、次女。)

そしてこの生まれつきという発見は僕にとっては物凄く価値があって、出所が僕自身なので悔やむところがなく、むしろ大事にしたいと思える。

 

僕は確かに怖がりで、そのことが原因で生きて行くことが時々困難になる。誰かを激しく支配して、人間関係がうまくいかなくなったり、他人を支配することを諦めた時には自分をあまりに注意深くみるために、過度な違和を感じ病気と関連づける。病院巡りをして検査結果が問題ないところまで確認すると、疲れ果てて自律神経のバランスを崩した状態となる。これがいつものパターン。

 

困ったことがあった時に、その原因をまず探してみる。

多分これが問題の切り分けなんだろう。症状と原因を分ける。

次に対処を考える。

その対処の実験を行い、効果を測定する。

概ねこの繰り返しがTOJISHAKENKYUの一連の流れの様だ。(原因にばかりあまりフォーカスしない)そしてこの繰り返しの中で、対処することばかりではなく、受け入れていくこともまた必要と感じる様になる。

 

さて、長くなったがこれから研究の研究に行ってきます。

今日から二日間。

今日はアスリートと宇宙飛行士の当事者研究。

明日は依存症の人たちの当事者研究。

もちろんCOBYPLANのTOJISHAKENKYUプログラム責任者の人も一緒です。

 

もはやモザイクは必要だったのか不明ですが、できるだけ顔出しNGでと言われておりますので笑。

ちなみにこの人。

僕にも勝る恐れの持ち主で、僕の隣の席で起こるあらゆる事象を想定し、

 

こうやって使っていた僕の横のコンセントの先に、

 

こういうものを取り付けて、電源をとっていました。

さすがです。

この辺りのマネージメント能力、見習わなければなりません。

絶対に嫌です。僕はもっとのんびり楽に生きたい笑。

 

泥仕合

2018/07/30

泥仕合であって、泥試合ではありません。

 

先日プチガタリンピックに。

佐賀には有明海の干潟があって、一度は経験してみたいと思っていたのでプログラムの時間を使って行ってきた。

 

これ履いてやります。

 

受付のお姉さんは手慣れたもんで、履きにくかったら水で濡らせばよかけんね〜(いいからね〜)と声をかけてくれた。

インストラクターの人から数分間のコーチがあって、いざガタスキーへ。

 

僕は波乗りするんだけれども、もちろんそれとは全然違った。

どうせなら波に乗りたいかな。

 

ギャンブル問題もそうだけど、大事な人との依存症問題ってどうしても泥仕合になりやすいからその前に何とかなるといいのだけれども。

ギャンブラーの家族やパートナーは家族の会やギャマノンがある。借金問題解決のための法律相談を専門家に依頼する前にそこに解決を求めるといいし、

ギャンブラー本人には我々の様な入所型リハビリ施設やGAがある。泥仕合にならない様早めに動いてみることをオススメしたい。

 

STAND BY MEとKYT

2018/07/24

7月21日22日と佐賀県の小川島というところに行ってきた。

佐賀に来てからというもの、これまで疎遠だった地域活動へ積極的に参加するようにしている。

東京というのは不思議なもので、いつでも仮住まい、もしくはホテル暮らしのような気持ちで生活できる。だからなのか、単に僕が不精だからなのかはわからないけどこれまではほとんど地域とは関わらずに生きてきた。

 

ここを終の棲家にっていう確固たる覚悟がそこにあるわけではないのだけれども、いつの間にか地域の体協、子供会、消防団と役割を担ってしまった。

それで今回の小川島という話に。

校区の中高学年の小学生を対象に、1泊2日でちょっとしたサバイバルをするという企画。子供会の主要な活動のようで総勢30名ほどの子供たちが参加をした。僕の住んでいる地域の子供会はボーイスカウト経験者が指導者の中に多いこともあるのか、この時代にあっては結構チャレンジャーな企画がいくつかある。足のつかない海で、泳ぐことにチャレンジできる。そして防波堤から飛び込むことができるというものだ。趣旨としては、安全な状況をどうしたら作り出すことができるのかということらしい。危ないから排除するというものとは全く考えの異なるものだ。

実際には次のような安全対策をとっていた。

①飛び込んだ時に海底に接触しない深さである事。

②飛び込む高さの場所に監視員を配置。

③海の中(飛び込むところの数メートル範囲内)に浮き輪をもった救助監視員を数名配置。

④足のつかない場所での泳ぎに自信のない人はライフジャケットを装着する。

⑤一人づつ行う。

⑥やるかどうかは本人たちの意思に基づく。

⑦事前にKYTと呼ばれる危険予知トレーニング?というものを行い、みんなで活動中のリスクとその回避方法をイメージしておく。

この時僕は海の中担当だったから、ちょっと寒かったというのが本心なんだけど、子供たちは本当に楽しそうだった。何かににチャレンジして、できるようになる場面に居合わせることができるのは本当に幸せだ。

で、下の写真はその帰り。

 

リアルSTAND BY ME。

小川島にはこの写真の様なロケーションが続く。

事故なく楽しい経験ができた。めでたしめでたし。

 

とまぁ僕のプライベートの話をしたいわけではない。

この安全な環境を作り出すという部分については考えてみたいところがあって、

COBYPLAN利用者とのルールの共有や管理体制に繋がるものがある。

僕はこの管理という言葉が嫌いなのだけれども、施設を運営していく上では避けては通れない話でもある。このご時世だから、我々運営側の身の安全を考えれば、リスクは取らないのが賢明なのかもしれない。ところが、権利という視点で考えたときに、小川島で海に飛び込む時と同じものが施設利用者にはあるわけで、僕がホームページの代表挨拶の中でも触れた様に、やはり回復の権利を奪ってはいけないのである。

 

だから僕がこのあたりの話を利用者とする時には、丁寧に説明したいと思っている。具体的に言えば、その中に時間の概念を必ず入れること。これは、前どうだったか、今どうか、この先どうしていくのか、ということ。

もう少し言えば、どこからがチャレンジなのかというところまで共有すべかもしれない。

 

命名COBYPLAN

2018/07/20

今日はCOBYPLANの名前の由来について。

普通こういうのはブログ初めました!みたいな時に書きそうなものだから、順序が逆だろうと自分でも思うのだけれども…。

 

…まあいいか。

 

はじめにCOBYPLANとはギャンブル等依存症からの回復を目指す入所施設である。ルールはシンプル。プログラムを受ける。利用できる人の性別は関係ない。年齢も関係ない。利用料を払う。嫌でも3ヶ月頑張ってもらう。それでも嫌なら信頼できる他の施設を紹介するというのがコンセプト。

 

COBYPLANのロゴ

 

COBYPLANは施設の名で、時間をかけて慎重に検討した。だってそうでしょ?だいたい皆聞くじゃない。何でその名前にしたの?って。僕の名前もいろんなところで聞かれる。名前の次にはどういう字を書くのかと続く。最後は素敵な名前ですねと結ばれる。

正直、僕は自分の名前を人に伝えるのが昔からあまり好きではない。名は体を表すというけども、それが僕には当てはまらない。そんなこと僕を知っている人なら誰でも納得する。

 

だから電話で問い合わせなんかをして、名前を聞かれた時には嫌味っぽく、山田は普通の山田です。義則はjustice(正義)の義、rule(規則)の則という。justiceにruleってどれだけ堅いんだ。いうまでもない事だけど、正義とは真逆の生活をしてきたのが僕だ。例えば誰か一人の命と引き換えに、世界を救えるとしてもだれかが名乗り出るのを待ってるだけの男だし、ドラえもんのキャラで言えば誰かに守られて偉そうに振る舞うことができるスネ夫の様な男である。つまるところ僕は、名前と自分なりにこじつけたその意味とのギャップを受け入れられない中学生みたいな男なのかもしれない。(全国の中学生の皆様、失礼しました。)こんなこと言うと、せっかく命名してくれた両親に申し訳ない気がしてきたのでこれくらいで。

 

 

softbankの孫さんってそう言えば正義さんだった。

 

 

 

 

…そうそう、COBYPLAN。

名は体を表す。

理念を象徴する造語にしようというのがスタート。

共通、共同という接頭語のCO。例えば活動すると言う意味のoperateという言葉があるけど、これにcoがついたものがcooperateで協力、協働となる。このCOには一緒にやってみようという意味がある。ここを訪問する位の依存症の人なら多分わかると思うけど、愛好家から依存症という一段階上のゾーンに行くと大抵孤独になる様だ。それが病気の特徴だし、残念ながら日本の社会の問題でもある。だからこそだれかと一緒に回復できる環境というのは大事な所かなと思う。

 

ただこの一緒にというのは間違えると、支配する事になりかねないから、個のペースも大事にしたいと思っていたところ、BYという素敵な言葉を思い出した。混沌とした予備校時代に英語の先生が教えてくれた大事な言葉だ。英語は情緒的に読むことができると教えてくれた先生だったのだが、BYについては確かビートルズのSTAND BY MEをどう訳すかという授業を通してだった気がする。授業の半分以上をこれに当てるのだから、受験対策としては不合格の先生なのかもしれない笑。ただ、今だに僕は鮮明に覚えているわけで、あの先生の授業を契機に英語好きになった学生は他にも多くいるのではないかと思う。本来学問とはそういうもんだと思うし、教育者の理念はそこにあって欲しいと思う。

さてSTAND BY MEの訳に戻る。

直訳では「そばにいて」となる。だがこれは少し違うというところから話が始まる。

同じ前置詞で「IN」「ON」「AT」との意味の違いを視覚的、情緒的に教えてくれる。(確か、実際にこれらのINやON、ATをSTANDの後に使うかどうかは別だがとは言っていた。)例えばINだとしたら私の中の支えになって欲しいという意味合いが強くなってくる。ONなら私を持ち上げて欲しいという意味合いが強くなってくる。ATだとしたら私そのものとして支えになって欲しいという意味合いが強くなる。同じように「そばにいて」と訳せる文章でもこれだけニュアンスが違う。曲がりなりにも僕は精神科医療の中で働いていたものだから、他との距離感については常に意識が高く、このニュアンスの違いには素直に感動した。前置詞だからか、前置きが長くなってしまったが(うまいこと言った。)BYに話を戻そう。BYはINやONやATはまた少しニュアンスが違う。

木の根元で、人が座って本を読んでいるとき、その木と人との距離がBYのイメージらしい。(日本語にするとブサイクになってしまうのだけど、寄り添いみたいな感じかな。)

 

 

この表現が実に気持ちがよくって、「そばにいて」も侵略されない感じ。だからこそ、STAND BY MEは「そばにいて」と訳すのではなく「そばにいるだけでいい」と訳せるとの事だった。

ずいぶん長い事BYについて話を続けてしまったが、「一緒にやってみようよ。そうじゃなくても構わない。それが難しければそばにいるだけでもいい。どっちにしたって一人じゃないんだからさ。」

…ティーネージャーに受ける洋楽の和訳、もしくはツンデレメイドの台詞みたいになってしまったけど、そういうPLAN(やり方)がCOBYPLANの由来なのです。

おお、やっとしめられた。

 

しかし名前も覚えていないあの先生、今どこで何をしているだろうか。

僕は挫折して医者にはなれなかったけれども、あの時の学びは今ここに生きています。

なんちゃって。

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